『努力する天才を目の当たりにした』東京オリンピック7人制ラグビー日本代表・本村直樹が抱える『一流』のコンプレックス

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一流が抱えるコンプレックス

高校からラグビーを始めてオリンピックに出場するまでの活躍を見せるようになった彼は、客観的に見ると華々しい活躍を遂げているように思えてやまない。しかし、本人にそれを伝えてもイマイチ煮え切らない様子である。話を聞いていくと、その内には人知れず巣食うある種のコンプレックスがあった。

『15人制のラグビーでは無理でも、セブンスで光が当たった人ってのは絶対ある種のコンプレックスをもっていると思うし、俺もそうだと思う。日本では以前よりは普及したとはいえ、ラグビー自体がまだそこまでメジャーな種目ではないし、その中でもセブンスってなるともっと知名度は下がる。ラグビーはワールドカップでベスト8で盛り上がるけど、セブンスはオリンピックで4位(リオオリンピック)でも空港には誰もいない。オリンピックは多種目あるから、メダルをとっても埋もれるかもしれない。だから最低でもメダルをなんとしてもとりたかった。日本でももっとセブンスが広まって欲しいから。』

続けて彼はセブンスの面白さを教えてくれた。

『ラグビーと違って、試合が7分ハーフだから試合数も多いし俺には合ってたと思う。ラグビーは1週間くらい試合間隔が開くけど、セブンスは2日で6試合とかあるから、色々なチームを見られて楽しいってのもある。大会としても、1日中どっかの試合は見られるし、お酒飲みながらお祭りのような感覚で。楽しいから日本でも広まって欲しいと思うよ。』

メジャースポーツだろうがそうでなかろうが、仕事だろうが趣味だろうが、それに知名度があろうがなかろうが、全身全霊を込めて向き合っているその姿はじゅうぶんに輝いている。別にそれは彼が結果としてオリンピアンになったからではなく、その過程が本気の現れだったからに他ならない。何かのために、誰かのために、それがたとえ自分のためであったとしても、全力を尽くすことに価値はある。私のこの曖昧な頭の中を綺麗にまとめてくれるかのように、彼は話を続けてくれた。

『結果は出なかったけど、オリンピックの期間あのメンバーでやれたことは財産だし、結果じゃなくてそのメンバーとの時間をバカにされたら多分怒ると思う。スポーツでも勉強でも、なんであっても上を目指すことに意味はあると思う。上のレベルの集団ってのは、頑張ってそのレベルに来た人たちが多いと思うし、もちろん楽勝でそのレベルの人もいるかもしれないけど、やっぱり頑張れば頑張る分だけそういう人達に会える可能性は上がっていくから。』

何かに固執する必要はない。一番じゃなくてもいい。真摯に日々を過ごすことが、よりよい明日への近道なのかもしれない。なにより、そこに注げる期間というのは限りがある。彼はそのこともよく理解していた。

東京五輪でのひととき

想い

ことスポーツに関しては、必ず引退の時が訪れる。彼は自分にその時が近いことをよく理解していた。それでも、時間の限りは魂を焦がすのである。その原動力は、やはり家族の存在であった。

『今頑張れるのは家族の存在がおおきい。東京オリンピックで現役は引退でもいいかなってなったけど、子どもが生まれることになって、プレーしているところを家族に見て欲しいってのがある。いつまでラグビーが続けられるかはわからないし、もうダメかもしれないけど、それでもなんとか子どもが覚えててくれるまでは頑張りたいとは思ってる。』

どこにいても家族を思う彼の姿は、奥様の言葉からもよく感じ取れた。

『オリンピックの時は私一人での生活で、三重という今までは縁もなかった土地で友人もいないし、コロナ禍で行動の制限もあるし、旦那も近くにいないし正直しんどかったけど、それでもいつも気にかけてくれてフォローしてくれていました。』

彼の競技に打ち込む本気さと、それを献身的に支えた奥様の存在の大きさが十分に伝わってくる1時間半のインタビューを終え、どこか懐かしい気持ちの中私は考えた。輝く場所を求めて、選ばれなかったからこそ選びにいくこと。そこに優劣などないのだ。何もひけらかすことはせずとも、心の中に誇れる何かがあればいいんじゃないかと、過去の自分に言い聞かせているのかもしれないようなことを思いながら、私は最後に彼に尋ねる。『言い残したことはないか?』と。

笑いながら、力強くこたえてくれた。

『オリンピアンだぞ!』

ほんの一握りの人間がたどり着けるその世界で、一流アスリートが抱えるコンプレックス。それは時に、人を優しく、そして強くするのである。

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ライター紹介

三重県伊勢市出身。文藝春秋で2年ほどコラムを書いた経験から、文字を通じて伝えることの楽しさを学ぶ。同誌で2022年度コラム部門新人王受賞。自身をはじめ、様々な人の人生から得た学びを伝えていく。